1、霊魂の法則


★ 人間は霊的存在

人 はみな、霊的存在である。これが、霊魂の法則です。私たち人間は、単なる肉体だけの存在ではありません。私たちは、死んでしまえばすべてお終いという空 (むな)しい存在では決してないのです。私たちは、肉体と霊魂が互いに重なり合った状態でこの物質界を生きています。霊魂こそが私たちの本質であり、肉体 はこの世を生きる間だけ借りている乗り物のようなものにすぎません。誕生とともに肉体に宿った私たちの霊魂は、肉体の死と同時にまた肉体を離れ、霊的存在 として永遠に生き続けるのです。この真実を知り、理解することは、人生を真に輝かせるために欠かせないことです。逆にこの真実を知らなかったり、否定した りしていると、生きる意味があやふやなままで不安や恐れの多い人生を送ってしまうことになるでしょう。人生の中で誰もが体験することになる三つの大きな苦 しみから逃れることも困難になります。その三つとは、死に対する恐怖心、死別の悲しみ、そして自分の人生を不幸と思うことです。

★ 死を恐れる必要はない

人 生の三つの苦しみの一つが、死に対する恐怖心です。子供の頃、もし自分が死んでしまったならどうなるんだろうと考えて、夜も眠れなくなった経験はありませ んか?私(江原)は、四歳で父親に死なれた頃、死とは無になることなのかと思い、一週間も眠れなかったことがありました。私のもとを訪れる相談者にも、死 への恐怖を抱える末期ガンの患者やHIV感染者が数多くいます。彼らは悲嘆に暮れ、今までの人生を悔やみ、なかには恐怖のあまり錯乱状態に陥(おちい)っ ている人もいます。そうかと思うと一方では、病気や悲しみ、貧困など、人生のすべての苦しみから逃れようと、自らの命を断とうとしている人もいます。両者 に共通しているのは、死によって自分自身が無に帰するという考えです。しかし、それは大きな間違いです。人間の本質は霊魂ですから、私たちが死んで無にな ることなど決してありません。霊界の方々が語るところによると、あちらの世界(霊界)こそが本当の世界であって、私たちが生きるこの物質界は仮の世界なの です。あちらが光ならば、こちらは影なのだと言います。私たちが長いと思う人生も、永遠の魂の尺度で見れば、あっという間の事なのだそうです。ですから死 を恐れる必要はありません。まるで蝉が抜け殻を離れて飛んでいくように、人間も死とともに肉体を脱ぎ捨て、霊界という慣れ親しんだ故郷へ帰るのですから。 魂の旅は、そこからまた続いてゆくのです。

★ 死は永遠の別れではない

二つ目の苦しみは、死別の悲しみです。愛する人を 失うのは、本当に悲しいものです。家族や友人など、身近にいるのを当たり前のように思っていた人が突然いなくなった時の喪失感、悲しみの深さは、実際に経 験してみないと分からないことではないかと思います。そうした悲しみを抱える人が、よく私のところにも相談に来ます。亡くして何年もたつ家族を思って、あ あすればよかったのでは、こうすればよかったのではと、いつまでも悔やむ人たち。大事な伴侶をなくして、この先どうやって生きたらよいのかと途方に暮れて いる人たち。その事を思い詰めてしまったことによって、後追い自殺まで考える人もいます。しかしこれらも、その人が死というものを無になること考えてしま い、肉体の死別を永遠の離別であると考えてしまった誤解から生じる悲しみなのです。あなたが亡くなった家族や友達に会えなくなるのは、確かに寂しいことで す。今はこのように書いている私自身、幼くして両親を亡くした時、どんなに寂しかったかわかりません。でも、こう考えてみて下さい。親友や家族と遠く離れ て暮らしたことはありませんか?愛する恋人との遠距離恋愛を経験したことはありませんか?それらの事と死別は同じようなものなのです。今はたまたま、片方 はこちらの世界におり、もう一方はあちらの世界にいるというだけのことなのです。人間が肉体を離れても永遠に生き続ける霊的存在である以上、深い魂の絆 (きずな)を肉体の死が分かつことは決してありません。肉体の有無に、魂の結びつきの強さは影響されないのです。今の私に、両親と死別した頃のような悲し みはありません。むしろ失われることのない絆に喜びを感じています。あなたが失った大切な人も、やはり永遠に生き、あなたを見守っています。ですからどう か悲しみを手放して下さい。霊魂の法則を真に理解し、孤独の深いトンネルを抜け出て下さい。あなたが涙を拭(ぬぐ)い、死者との絆に気づくことは、死者に とっても大きな喜びとなるのですから。

★ 人生に不幸はない

人生で陥りがちな三つ目の苦しみが、人生は不幸なものという 思いです。あなたの日常生活を思い浮かべて下さい。あなたは今、自分を幸せだと思いますか?それともあなたは不幸を感じているでしょうか?どちらにして も、その理由をよく考えてみて下さい。なぜあなたは、幸せなのですか?恋人とうまくいっているからです。仕事が順調だからです。家族がみんな健康だからで す。お金がたくさんあるからです。素敵な家に住んでいるからです。なぜあなたは、不幸なのですか?なかなか恋人ができないからです。いつ結婚できるか不安 だからです。職場の人間関係が辛(つら)いからです。お金がないからです。健康や容姿に悩みがあるからです。これらすべてが現世的な視点、つまり物質的な 視点で判断した幸不幸にすぎません。現世的な幸せは、どれもが不安定でいつ崩れるともわからない一時的なものばかりです。たとえそれが一生続いたとして も、肉体が死を迎えたらそこでおしまいです。私たちが肉体の死後に帰る魂の故郷に持ち帰れる物は何一つありません。あなたの魂があの世に持っていけるもの は、この世で積んだ 「経験」 と、その経験から得た 「感動」 、つまり様々な喜怒哀楽(きどあいらく)だけです。経験と感動だけが、私たちの魂を磨き、浄化向上させてくれます。「霊的視点で見た幸せ」 とは、どれだけたくさんの 「感動」 を得ることができたのかということなのです。現世的な不幸も、この世で生きている間に限られることばかりです。現世的な不幸とは、私たちの魂が肉体という 殻の中に封じ込まれているために、人間の本質が永遠に生きる霊的存在であるということを私たちが忘れてしまっているので、私たちは肉体だけの存在だと思い 込んでしまったために生じている悩みなのです。あなたが霊的視野に立てば、現世的な不幸それすらあなたの魂を磨くための試練だということが理解できるはず です。私は自分自身の経験から、そして多くの相談を受けてきた経験からも、はっきり言えます。「人生に不幸はない。」 と。人間が考える不幸とは、その時の自分にとって都合が悪い状態であるというだけなのです。長い目で見れば、そして霊的視点で見れば、その状態こそがその 人の魂に学びを与えてくれているのであり、成長を促してくれているのです。さらに不幸と思えることが、実は後に用意されている大きな幸せのための苦難であ ることがとても多いのです。仮に、人間が霊的存在ではなく、肉体の終わりとともにすべてが消滅してしまうとしたら、いったい世の中はどうなるか想像してみ て下さい。私たちがどんなに努力を重ね一生懸命に生きてみたところで、私たちの努力は無駄ということになってしまいます。そして、無になってしまう前に、 自分の体が喜びを感じる事だけをすればいいという考えになってしまうことが予想できます。人の迷惑など顧みず、どんどん食べて、どんどんお金や物を手に入 れて、どんどんセックスをして、食欲・物欲・性欲を貪欲に満たしたいだけ満たすようなそうゆう人生が幸せということになってしまいます。自分のことだけを 考えて生きた方が得だし、世の中にある物には限りがありますから、人に与えれば自分が損をしてしまう。ならば人から奪ってまでも自分の手に入れた方が、私 たちは幸せということになってしまうかもしれません。他人と争っても、他人をだましても、他人を傷つけたり殺したりしてでも、限られた人生をやりたい放題 に生きる方が断然幸せだと言えるかもしれません。そしてそれが叶(かな)わなければ、自分は不幸なままで人生を終えてしまうということになってしまいま す。もちろん人を殺したり物を盗むなど、法律に触れることまでする人はまれでしょう。それは極端としても、先ほど思い浮かべて頂いたあなたが幸せだと思う 理由、不幸だと思う理由と、今の例えは全く別のものと言えるでしょうか。そんな物質的な幸せの価値観を手放せないために、人は人生の中で競争を繰り返して は悩み、だまされ、妬(ねた)まれ、傷つけられているのではないでしょうか。そのあげくに、自分は不幸だという思いに陥っていると言えないでしょうか。こ うした間違った幸せの価値観から追い求めた幸せは、たとえ実現しても、人との争いの末に奪い取ったものですから、心の底から幸せとは感じられないはずで す。私たちが幸せでも周りの人たちが不幸だったら、私たちは本当の幸せを実感できないはずなのです。なぜなら、あなたの本質である魂のきれいな部分が 「ノー」 と首を振っているからです。私たちが霊的視点に真に立つことが出来れば、人生の大半の幸せも不幸も、物質的視点で自分自身が作り上げた幻だったことがわか ります。物もお金も地位も今の肉体さえ、あなたの魂が本当に求めている幸せに不可欠のものではないのです。本当の幸せとは何か。それを考えながら、残りの 七つの法則を読んで下さい。答えは、九つの法則の最後である向上の法則にまとめたいと思います。






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